地域の縁が希薄になったから

 

日本において家族葬が流行る理由には、私たちが暮らす社会の環境の変化なども十分にラインナップに食い込んできますよ。

農業(第一次産業)に携わる人が圧倒的に多かったかつての時代は、この世に生まれてから亡くなってあの世に渡るまで、一生涯をその生まれ育った土地で働いて過ごすことが大半の人間の人生なのでした。

しかしながら、第二次産業や第三次産業などへの労働従事者が日本国内でだんだん増えてくると同時に、生涯を送る生活や仕事の場所を、田畑しかないど田舎の故郷からきらびやかで洗練された都市部へと移す国民も増加してきました。

日本国民による活動本拠地の移動がいよいよ盛んになってくると、当たり前ながら、それぞれの地方、地域での縁というものもだんだんと薄れ始めますよね。

生まれ育ったその地域で末永く生活していくために意地でも不可欠だった冠婚葬祭にまつわる近所とのお付き合いも、その意味合いが少しずつ変化し始め、地域における冠婚葬祭儀式の中心舞台は、地域ごとから各家庭内へと移るということになります。

また、かつての日本社会においては、葬儀・告別式などはある意味、その家庭の地域内での役割分担を引き続き継承する、といった別の意味合いもあったりしました。

つまり、故人様があの世に渡った後、その家庭の次の世代の主を担う、その家庭の代表者を周囲に対して堂々とお披露目するという、家にとってはかなり大切な儀式の場だったのです。

もちろん、葬儀・告別式にてお披露目された次世代の主には、家業を継ぐというタイプの方も多くいましたから、ある意味、ちょっとした社葬にも似ていますよね。

しかし、地域内における縁、家庭と家庭のつながりがかなり薄れてしまったことで、こうした一家庭内における世代交代(親⇒子)を、地域社会向けに儀式的に知らせる必要性も同時に薄れていったというわけなのであります。

家族葬吹田

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